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心筋症と闘う広島男子と英国女子の記録

2015年4月に国の指定難病である「特発性拡張型心筋症」を発症。 大阪大学病院にて補助人工心臓(Heart MateⅡ)装着手術を受け、心臓移植待機者となる。 その間、発症からの心境を記したこのブログを開設する。 2016年には高校教師として社会復帰を果たし、現在は移植医療の啓発と闘病中に見つけた『人生で本当に大切なもの』を伝えるために広島を中心に介助者でもある英国女子のパートナーと共に活動中。

果てしなく続く山登り

先日の話

とあるご縁でずっとお会いしたかった方とご家族に会うことができました。

 

その方は5年程前に補助人工心臓をつけ、3年の移植待機期間ののち、心臓移植を受けられました。

 

心臓移植を経験された方と会うのは初めてで、聞きたいこと盛りだくさんでした。

 

ドナーが現れ移植を受けるまでの道のり、待機期間中の話、手術後の話、そして今の生活の話、免疫抑制剤の話などなど。質問攻めにする私たち家族に対しても、優しく落ち着いた口調で、丁寧に説明してくれました。

 

「不安」

原因はたくさんあります。でも、私たちのような難病を持つものにとって、一番の不安の要素は「知らないこと」ではないでしょうか。

 

「移植の順番が3番以内くらいになると病院が連絡がある」「電話を受けて承諾した後は2時間以内に病院に行かなくてはいけない」「輸送費などの初期費用がかかる」「免疫抑制剤は12時間おきに飲む」「食べ物や生活の制限がある(刺身などの生ものは一生食べれません)」「風邪やインフルエンザにかかると命に関わる」などなど。現実的な話の中でも「移植を受けると生活が大きく変わる」という希望もまた教えてもらいました。

 

最初は「拡張型心筋症」にちんぶんかんぶん....。そして、BNP、EF、ICD....障害者手帳に難病指定に...アーチストやワーファリン...。「補助人工心臓」「心筋シート」そして、「心臓移植」。この病気に遭遇した時は、周りはまさに深い霧が立ち込め、どこをどう進めばいいのか全く分からずただただ怯えていました。

 

そこから痛みや苦しみも伴いながらも、色んなことを経験し、勉強し、色んな人に教えてもらいながら、少しずつ少しずつ霧が晴れ、周りが見え、先が見え、希望が持てるようになりました。

 

この果てしなく続く山登りの途中に出会ったものは、絶望ばかりではありませんでした。同じ病気と闘う同志、医師、看護師、PT、MEさんたちとの出会い、この病気が教えてくれた「当たり前に生きる」ことの大切さ、そして「愛」と出会いました。

 

私にとって夢のような時間は、あっという間に数時間が経過し、別れの際には「頑張りましょうね」と声をかけてもらい握手を交わしました。

 

この山登りはいつまで続くのでしょうか?移植を受けたからといって、それが頂上ではないことは百も承知です。

 

今の私にはまだまだ分かりません。そして、まだまだ道半ば。

でも、ふっと後ろを振り返ると、1年前に霧に囲まれビクビク怯えている私はずっと下の方に見えます。そんな私にこう声をかけてあげたい。「怖がらないで。大丈夫だから。」と。

 

細身で透き通るような白い肌、少しか弱そうな印象を受けたあの人の力強い言葉。

「心臓移植を受けてから、やりたかった事のうちの1つを達成したのよ」

その言葉と行動力に全身に電気が走り、目頭が熱くなりました。

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見下ろした世界はきっと絶景で、それを想像するだけで鳥肌が立つ。

 

まだまだ先は長い。でも、登ってやるぞ。そして、この上ない絶景を眺めてやる。

 

いつも応援ありがとうございます!!

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