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心筋症と闘う広島男子と英国女子の記録

2015年4月に国の指定難病である「特発性拡張型心筋症」を発症。 大阪大学病院にて補助人工心臓(Heart MateⅡ)装着手術を受け、心臓移植待機者となる。 その間、発症からの心境を記したこのブログを開設する。 2016年には高校教師として社会復帰を果たし、現在は移植医療の啓発と闘病中に見つけた『人生で本当に大切なもの』を伝えるために広島を中心に介助者でもある英国女子のパートナーと共に活動中。

火の鳥 前編(人工心臓装着手術記)

 こんにちは。更新が遅くなりました。手術について書くのは気が重すぎるので躊躇していましたが、自分の記録もかねて綴りたいと思います。

 今は一般病棟へ移り、状態も日に日に良くなっていたんですが、数日前から原因不明の発熱に悩まされています。が、多分大丈夫でしょう!!
リハビリは今ではスタスタ歩けるようになり、看護師には「さすがレスラー!」と褒められヘラヘラしています。


 これからは、機械の扱い(筆記・実技試験あり)、リハビリ(1km歩行、階段、坂道)、外出、外泊練習という段取りを経て10月中の退院(勝手に自分で決めた)を目指します。

 桜満開の時に入院し、梅雨、猛暑、台風、そしていつの間にやら秋になろうとしている。早く外の世界に出たい。

  

 まず、人工心臓とは何ぞや?の説明から入ります。

自分がつけているものの正式名称は植込型補助人工心臓、機種名は「HEART MATE Ⅱ」で人工心臓は別称VAD(これからはVADと記載)とも呼ばれます。

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 写真にある水道の蛇口のようなものと、両方からでるホースのような?(人工血管?)を心臓に取り付け、弱った心臓の代わりに全身に血液を送る役割を果たします。そこからケーブルを腹部から外に出し、写真上部にあるコントローラー、バッテリーと繋ぎ動かします。これから移植まで何年もコントローラー・バッテリーを専用のカバンに入れて持ち歩き24時間繋いだ状態になります。それでも、植込式なら退院し多くの制限はあるものの、ある程度の生活は送れるようになります。

 注意点は電力が途切れたり重大なトラブルが起こると機械は停止、死に直結します。なのでここでは厳しいくらいにルールの順守、機械の扱い方、シャワーの入り方まで指導され、本人以外の介護者となる家族も取扱いの試験を受け合格しないと退院できません。 

 

 さて、私の話に戻りますが、まず謝罪からさせて下さい。実は手術は予定の14日ではなく、21日に受けたんです。

 13日の夜にFBとブログに投稿した後、いろんなことを思い出しながら、就寝しようとしたころ、心臓外科の先生が急に部屋に来て、こう言いました。「重症の急患が入り、明日、人工心臓の手術をしなければ命が危ない。申し訳ないが、君の手術は一週間先送りさせてくれないか」と。ポカーン...でしたが、もちろんすぐ了承しました。
 しかし、それから一週間は気持ちをどこにおいていいか分からず、延長をお知らせる気にもなれず、インターネットも遮断し、部屋に閉じこもり映画や本をひたすら読む生活を送りました。連絡が遅いとご心配をかけた皆さんすいませんでした。

 

 21日の朝、両親と固い握手を交わし、手術室へ入りました。ドラマのような設備に圧倒されながら、手術台に横になりました。色々と準備をしたあと、突然「はい、では今から麻酔流しますよー」と言われ、何も心の準備もできないまま、数秒で眠気を感じ、一瞬で意識を失いました。全身麻酔恐るべしです。

 その後、何か覚えているような覚えていないような。意識も朦朧とし、言葉を発することもできず、全身に繋がられているチューブ、体中の痛みと倦怠感を感じながら、ある日、目をさましました。

 一体どれくらい寝ていたのか、手術はどうだったのか、自分がどうなっているのか全くわからない、半分生きてて半分死んでいるような感覚でした。

 

後編に続く