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心筋症と闘う広島男子と英国女子の記録

2015年4月に国の指定難病である「特発性拡張型心筋症」を発症。 大阪大学病院にて補助人工心臓(Heart MateⅡ)装着手術を受け、心臓移植待機者となる。 その間、発症からの心境を記したこのブログを開設する。 2016年には高校教師として社会復帰を果たし、現在は移植医療の啓発と闘病中に見つけた『人生で本当に大切なもの』を伝えるために広島を中心に介助者でもある英国女子のパートナーと共に活動中。

思いを巡らせて

 明日、体内型補助人工心臓を付ける手術を受けます。いろんな思いが巡ります。ゴールではなく、これが心臓移植に向けて大きなスタートです。

 大学卒業後、1年半カナダで語学、レスリング、ワーホリを経験し、2年ちょっと高校教員をしました。一つ一つの小さな思い出が昨日のように蘇ります。楽しかった思い出・苦しかった経験、全てがいまの自分の血となり肉となっています。たった数ヶ月前には今自分が置かれている状況は全く想像できませんでした。

 急に発病し、この病気のことを知った時は、人生に絶望しました。自分の夢、やりたかったこと、全てが一瞬にして吹き飛びました。そして、心臓移植の話をされた時は、1人にしてくれと家族に頼み、声を出すわけでもなく、涙が止めどなく流れました。しばらくして姉がそばに座りました。言葉を交わすわけでもなく、でもそれだけで姉の気持ちは十分にわかりました。そして、母、相方はそっと手を握り、父はそばに座りました。そして、母がぼそっと「絶対に絶対に母さんが守ったる」とつぶやきました。この言葉ほど救われた言葉はありません。
 家族のためにも頑張ると決め、周りには気丈にふるまっても、1人きりになった時は、現実が受け止められずにいました。入院当初は、元気にレスリングをする夢を見て、全て夢だったんだ!と目が覚めたらそこはベッドの上でした。
 Les Misérables(レ・ミゼラブル)の中にI dreamed a dream(夢破れて)という曲があります。そして、「 I had a dream my life would be. So different from this hell I'm living」「私が夢見ていたのものは、こんなはずじゃなかった」という歌詞を聞いた時、初めて声を出して泣きました。去年の夏、ロンドンでこの劇を見た時の感動と思い描いた将来の夢、そしていま自分がいる状況、全てがごちゃごちゃになっていままでの抑えてきた感情が爆発しました。

 最初はすぐ治ると信じ、それは難しいとなっても、飲み薬で退院できると信じ、それも今は難しいとなってしまいました。
 目の前にはベッドの上で移植までの数年間点滴を受け続けるか、体内型人工心臓をつけ、退院し社会復帰を目指すかの2つの道があります。人工心臓は合併症などのリスクがあり、移植まで生きて辿り付ける保証はどこにもありません。それでも、いま自分がやりたいことは、少しでも相方、家族、仲間と過ごすこと。そして、仕事を見つけ社会復帰することです。自分が持っている全てを何かの形でこの世に残したい。
 全ては相方、家族のおかげです。私は弱い人間です。気丈に明るく振舞わないと気がおかしくなりそうな脆い人間です。だから、自分のためには頑張れません。でも、相方、家族、応援してくれる仲間の為になら、なんだってやります。

 今日見た夢は、炎天下の中、汗だく、泥だらけになりながら、点滴を引きずりながら、どこか前に向かっている夢でした。どこに向かっているのでしょうか。分かりません。でも、いまは夢の中でも、この病気を受け入れ、絶対に前に進もうとしていました。そこに現実逃避する自分はもういませんでした。いろんな思いが巡ります。もう後には引けません。がんばりますというか、やります。絶対やります。

手術後、落ち着いたらまたブログにて報告しようと思います。それまではしばらくお休みします。今回は自分の思いをぶつけてみました。おやすみなさい。f:id:moai9rin3DK:20150813224155j:plain